実家が空き家になるまでに ②
空き家になりやすい実家には、いくつかの共通点があります
実際に自分がその立場になってみて思うのは、空き家というのは、ある日突然できあがるものではないということです。
もちろん、住む人がいなくなる日はあります。けれど、そのずっと前から、実家は少しずつ「空き家になりやすい状態」に近づいていることがあります。
今振り返ると、そうした家にはいくつか共通点があるように思います。
まずひとつは、親が高齢で一人暮らしをしていることです。
一人暮らしそのものが悪いわけではありません。住み慣れた家で、自分のペースで暮らせることは、本人にとって大きな安心でもあると思います。
ただ、年齢を重ねると、今まで当たり前にできていたことが少しずつ負担になっていきます。
掃除や片付け。庭の手入れ。重たい物を動かすこと。高いところの作業。雨戸や建具の開け閉め。寒い浴室や、段差のある場所の移動。
ひとつひとつは小さなことでも、それが積み重なると、家で暮らし続けること自体が少しずつ大変になっていきます。
もうひとつは、子ども世代が実家から離れて暮らしていることです。
今は、親と子が同じ地域に住んでいるとは限りません。仕事や家庭の都合で遠方に住んでいれば、実家の様子をこまめに見に行くのは簡単ではありません。
たまに帰ったときに気になることがあっても、「今度また見よう」「落ち着いたら考えよう」となりやすいものです。
そうしているうちに、家の中の物が増えたり、傷みが進んだりして、いざという時に一度に考えることが多くなってしまいます。
さらに、家の中に物が多いことも大きな共通点だと思います。
これも、決して珍しいことではありません。長く暮らした家には、それだけ物があって当然です。
普段使うものだけではなく、昔の家具、来客用の布団、アルバム、書類、思い出の品、使うかもしれない道具。年月を重ねた家ほど、家の中には暮らしの積み重ねがあります。
ただ、その積み重ねが多いほど、住まなくなった後の整理は大変になります。気持ちの整理だけでも大きいのに、そのうえ家の中の整理まで一度に進めるのは、やはり簡単ではありません。
そして、もうひとつ大きいのが、相続や今後の使い方について家族で話し合われていないことです。
誰が家を見るのか。誰が引き継ぐのか。このまま残すのか。売るのか、貸すのか。仏壇や家財はどうするのか。
こうしたことは、本来なら元気なうちに少しずつ話しておけると違うのだと思います。けれど実際は、縁起でもない、まだ早い、今そこまで決めなくてもいい。そんな気持ちから、話が進まないことも多いものです。
その結果、いざその時が来たときに、誰も反対しているわけではないのに、誰も決めきれない。そうして実家がそのまま残り、空き家になっていくことがあります。
また、家の状態を時々見ておくことや、少しずつ家の中を整理しておくことも大切だと思います。
屋根や外壁。雨どい。庭まわり。家の中の傷み。片付けきれていない部屋。使いにくくなっている水まわり。
どれも最初は「まだ何とかなる」と思いがちです。でも、その「まだ何とかなる」が積み重なると、暮らしやすさは少しずつ下がっていきます。
だから、空き家の問題は、誰も住まなくなってから始まるのではなく、まだ人が暮らしている時から少しずつ始まっているのかもしれません。
ここで大事なのは、不安になりすぎることではなく、気づけるうちに少しだけ目を向けることだと思います。
親が元気なうちに、少しだけ話してみる。帰省したときに、家の中や外を少しだけ見てみる。気になる場所があれば、先送りにせず確認してみる。片付けも修繕も、一気にではなく少しずつ考えてみる。
それだけでも、後になって大きな違いになることがあります。
空き家になりやすい家というのは、特別な家ではありません。むしろ、長く大切に暮らしてきた家だからこそ、気づいた時にはそういう状態に近づいていることもあるのだと思います。
だからこそ、「うちはまだ先」と思えるうちに、自分の実家はどうだろうと、一度立ち止まって見てみること。そのこと自体に、大きな意味があるのではないでしょうか。
次回は、実家のことを家族で話すとしたら、何をどう話しておくとよいのか、もう少し具体的に書いてみたいと思います。





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